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広島高等裁判所 昭和28年(う)682号 判決

控訴人 被告人 山内太一郎

弁護人 平山雅夫 外一名

検察官 岡辺正男

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

押収に係る脇差一本(証第一号)はこれを没収する。

原審並に当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人平山雅夫、同上山武の控訴の趣意は記録編綴の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

各弁護人の論旨中、原判示第一事実に関する事実誤認の主張について

所論は要するに被告人は本件道路敷地は自己の所有地であると確信して判示の如き板垣を設置したものであるから、往来妨害についての犯意を欠くと主張するにある。しかし道路敷地が公有であると私有であるとを問わず、苟くも公衆の往来に供せられている道路である以上、該事実を知りながらこれを壅塞するにおいては、刑法第一二四条第一項の罪を構成すると解すべきである。而して原判決が判示第一事実について引用している各証拠に徴すれば、本件道路が往時より一般公衆の往来に供せられており、被告人も斯る事実を十分諒知していたことが肯認されるので、所論の如く被告人において本件往来妨害について犯意がなかつたということはできない。記録を精査するも原審の右事実認定に誤があるとは認められないので論旨は採用できない。

論旨中、原判示第三事実に関する事実誤認の主張について

各弁護人所論の要旨は、自殺教唆罪の成立には教唆行為と自殺との間に因果関係のあることを要するに拘らず、記録並に原審が取調べた各証拠を仔細に検討するも、被告人がその亡妻貞巳に対し、同人の自殺を予見して判示の如き暴行、脅迫を加えたと認められる事実及び被告人の迫害と貞巳の自殺との間に因果関係があると認めるに足る証拠は毫も存在しない。尤も記録によれば被告人が貞巳に対して多少の暴行若くは脅迫を加えた事実を認められるけれども、この程度の威迫は不貞の妻に対し夫として採つた当然の措置というべく、十八年間も連れ添つた妻に対して夫たる被告人として妻の自殺を決意せしめる程苛烈な暴行、脅迫を加えたとは到底考えられない。而も増田仁右衛門と貞巳との不倫な関係に起因して被告人等夫婦の間に紛争のあつたと認められるのは昭和二四年三月頃のことであつて、それより約四月後の同年七月一八日における本件貞巳の自殺との間に因果関係があるとみるのは不自然である。又仮に判示の如き苛烈な暴行、脅迫行為があつたとしても、そのため齢四〇を超え、而も教養あり賢明であつた貞巳が、母の生存している広島県西条町の実家に逃避し若くは警察その他に保護を求めることもなさず、たやすく自殺行為に及んだと認めるのは条理に反する。畢竟本件貞巳の自殺行為は、同女が増田仁右衛門との不倫関係を追求され、汚名を着て実家に復帰することもできず、自責の念から遂に自殺の道を選んだとみるべきであつて、伝聞証拠並に信憑力のない証人山下政子の証言を採用して被告人の教唆による自殺と認めた原判決は事実の誤認をおかしたものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすこと明かであるというにある。

よつて本件訴訟記録並に原審及び当審において取調べた各証拠を検討するに

一、司法警察員田鍋盛三作成に係る検視調書

一、久藤卓三作成に係る死体検案書

一、原審証人田鍋盛三(第一、二回)の供述調書

の各記載によれば、被告人の先妻山内貞巳が昭和二四年七月一八日午後一時前後の頃呉市的場町四丁目字大番畑地続きの山林中において縊死を遂げた事実が認められ

更に前記各証拠(検視調書については添付遺書を含む)並に原審証人川谷スキヨ、同溝田タマヨ、同宮本シズヱ、同桐山恒美、同空増信子、同松中アキヨ、同山下政子、同湯川千鶴枝、同湯川静雄、同増田仁右衛門、同田辺智士の各供述調書の記載、当審証人増田仁右衛門、同空増信子、同湯川静雄、同湯川チズヱ、同桐山恒美、同溝田タマヨ、同山下政子、同松中アキヨ、同田鍋盛三の各供述調書の記載を綜合して考えると、被告人と亡妻貞巳とは昭和七年頃婚姻し爾来約十七年間、両人の性格の違いから多少の風波は、避けられないながらも取上げる程の紛糾もなく同棲生活を続けてきた、ところが被告人は昭和二四年二月末頃から同年三月一六日頃まで、被告人の姉婿に当る増田仁右衛門が同人の息子良太郎と共に被告人方に滞在していた間において、右増田と貞巳との間に不倫な関係が結ばれたと邪推し同年三月末頃から殆んど毎日の如く貞巳を詰責し、同女の外出逃避を監視しつつ時には「死ぬる方法を教えてやる」と云いながら失神する程に首を締め、又は足蹴にし、錐、槍の穂先等で腕、腿等を突く等常軌を逸した虐待、暴行を加え、或は貞巳を強要して増田仁右衛門との姦通事実を承認する書類又は「自殺します、さだみ」なる書面を作成させ、更に同年六月上旬頃同女の実家を継いでいる湯川静雄を電報で呼寄せ、貞巳の面前において同女の不貞行為を繰返して述べ、金品の給付によつてこれを慰藉すべきことを暗示する等、貞巳に対する直接、間接の暴行、脅迫行為を繰返し、以て執拗に同女に対して肉体的、精神的な圧迫を加えたので、そのため同女としても被告人の前記暴行、脅迫の連続によつて心身共に疲労し今更実家に復帰することもできず、さればとて嘗て同女が同年六月頃所轄警察署に保護を求めたが取上げられなかつたので官憲に対する救援も望み得ないと思惟し、遂にこれ以上被告人の圧迫を受けるより寧ろ死を選ぶに如かずと決意し、前記の如く同年七月一八日自殺するに至つたものであることを窺い知るに十分である。

そして右の事実殊に被告人が貞巳に対して執拗に常軌を逸する暴行、脅迫を継続していたこと、同女をして自殺する旨の書面を強いて作成せしめたこと並に前記各証拠により被告人が昭和二四年七月一八日朝貞巳を同道して田圃に作業に出掛けながら単身引返し、貞巳が縊死したと認められる時刻の頃、平素特に親しくしていない近隣の婦人数名を呼び集めて貞巳の不貞行為を喧伝し、而もその際故意か偶然か「貞巳はもう帰らぬであろう」と放言したと認められること等を併せ考えると、被告人は自己の暴行、脅迫によつて貞巳が自殺するであろうことを十分予見しながら敢て前記の如く同女に対して暴行、脅迫を加えたものであるといわざるを得ない。而して自殺とは自己の自由な意思決定に基いて自己の死を惹起することであり、自殺の教唆は自殺者をして自殺の決意を生ぜしめる一切の行為であつて、その方法を問わないと解する、従つて犯人が威迫によつて他人を自殺するに至らしめた場合、自殺の決意が自殺者の自由意思によるときは自殺教唆罪を構成し進んで自殺者の意思決定の自由を阻却する程度の威迫を加えて自殺せしめたときは、もはや自殺関与罪でなく殺人罪を以て論ずべきである。ところで本件においては前記の如く被告人の暴行、脅迫によつて貞巳が自殺の決意をするに至つたものであること並に被告人が自己の行為によつて同女が自殺するであろうことを予見しながら敢て暴行、脅迫を加えたことが夫々認められるけれども、被告人の右暴行、脅迫が貞巳の前記決意をなすにつき意思の自由を失わしめる程度のものであつたと認むべき確証がないので、結局被告人の本件所為は自殺教唆に該当すると解すべきである。

尚弁護人は、被告人が貞巳に対して加えた暴行、脅迫は不貞の妻に対する夫としての当然の措置であると主張するけれども、記録を調査し、貞巳と増田との間に被告人のいうが如き不倫関係があつたとは到底認められないし、仮に斯る事実があつたとしても、これを理由として判示の如き暴行、脅迫の許さるべきでないことは勿論である。

又被告人が貞巳に対して、同女と増田との不倫関係を疑い暴行、脅迫を加えたのは昭和二四年三月頃であつて同年七月一八日における貞巳の自殺との間に因果関係があると認めるのは相当でないというけれども、前記各証拠、殊に原審証人川谷スギヨ並に当審における証人山下政子の各供述調書の記載によるも、被告人は貞巳の自殺した直前頃まで同女に対して残忍苛酷な暴行、脅迫を継続していた事実を窺知することができるので所論の如き事実認定についての飛躍はない。

更に弁護人は、仮に被告人が貞巳に対して判示の如き苛烈な暴行、脅迫を加えたとしても、同女はたやすく実家に逃避し若くは官憲の保護を求め得た筈である、従つて被告人の暴行、脅迫に因り自殺を決意したと認めるのは不当であるという、しかし前記各証拠により被告人は貞巳からの協議離婚の申出を拒否し常に同女を監視し、衣類並に筆紙の使用についても絶対に独断を許さなかつたと認められること、貞巳は齢四〇を超えながら実子なく、実家も既に妹夫婦が承継し今更喜んで同女の復帰を迎えるとは考えられないこと、同女が警察の保護も期待し得ず却つてそうするときは被告人の感情を刺戟し更に暴行を受ける虞ありと思惟していたことが認められ、而も貞巳において自殺しなければならないと思料される原因が他に認められないこと等を綜合すると、貞巳が被告人の前記暴行、脅迫の連続によつて心身共に衝撃を受け、因て自殺を決意したと認めるのは強ち不自然とはいえない。

尚又弁護人所論の証人山下政子の証言は、判示第一事実について事実上の被害者の立場にあるので、これを全面的に措信し得ない事情にあるけれども、同証人の供述のみを以て本件事実を認定したものでないのみならず、本件について直接利害関係なく、身分関係もないと認められる隣人の証人川谷スギヨ、同溝田タマヨ、同宮本シズヱ、同松中アキヨ等の各供述調書の記載と右山下政子の証言調書内容(各調書の記載のうち、亡山内貞巳からの伝聞に係る部分については刑事訴訟法第三二四条第二項により証拠能力を認める)を比較対照すれば、同人の証言中にも多分に信を措くに足る部分のあることが認められるので同証言の信憑性を全く否定すべきであるとはいえない。

以上の次第であるから原判決はその判文においてやや簡略に過ぎる嫌いはあるけれども、結局判示第三事実は、被告人が先妻貞巳に対し自己の行為によつて、同女の自殺するであろうことを予見しながら敢て判示暴行、脅迫を加え、よつて同女をして自殺せしめた事実を認定した趣旨であり右の事実認定は正当と認められるので、原判決には所論の如き事実誤認はなく、論旨はすべて理由がない。

各論旨中、量刑不当の主張について

本件記録並に原審及び当審において取調べた各証拠を検討し、判示第三の犯行が上記の如く執拗にして苛酷な暴行、脅迫によるものであることに鑑みれば、その犯情軽しとしないことはいうを俟たないところであるが、該犯行の動機その他諸般の情状を考慮すれば、原審の刑はいささか重過ぎると認められるので論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第三八一条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い当裁判所において更に判決する。

罪となるべき事実(但し判示第三事実中「に同道し」とあるを「において」と改訂)並にこれを認める証拠は原判決摘示のとおりであるからこれを引用する。

法律に照すと被告人の判示所為中、判示第一の点は刑法第一二四条第一項に、判示第二の点は銃砲刀剣類等所持取締令第二条第二六条に、判示第三の点は刑法第二〇二条前段に各該当するので各所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条に従い最も重い判示第三の罪につき定めた刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役三年に処し、押収に係る脇差一本(証第一号)は判示第二の犯罪行為の組成物件であるから同法第一九条第一項第一号第二項によりこれを没収し、原審並に当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項を適用し全部被告人をして負担せしめることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 柳田躬則 判事 尾坂貞治 判事 石見勝四)

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